
2010年2月に創業しましたSSEは先日、なんと15周年を迎えることができました。無事これ名馬、という菊池寛の言葉がありますが、これは「怪我無く走り続けた馬こそ名馬である」というような意味だそうです。なるほど、SSEも無事に15年を過ごせたのでその意味では名馬のハシクレと言えるかもしれません(おこがましい話ですね)。この菊池寛の名言には元ネタがあって、無事是貴人という仏教の教えがあり、臨済和尚が「欲得無くなればそれは即ち悟りを開いたも同然」といような意味だそうです。SSEの中の人、ホゼもまぁちゃんもまだまだ悟りは開けそうにありません。
閑話休題。
15周年ですのでなにかやろう、ということでいろいろ考えてみたのですが、私たちはコーヒー屋ですので、やっぱりコーヒーに関することが良かろうということで、まずは第一弾、スペシャルロットのご紹介です。
(おっと、第一弾ということは、第二第三があるってことかな?)
マリアナ・モレノさんと、彼女のコーヒーについて、お話ししたいと思います。
写真左側の女性が、マリアナさんです。
マリアナさんは、メキシコの首都メキシコシティから300kmほど東へ離れたベラクルス州のコアテペックでコーヒーに関する事業を行う、モレノ家に生まれました。彼女で4代目に当たります。もともとモレノ家はコーヒー生産農家へ向けた農業用機械の製造、またヨーロッパやアメリカの機械の輸入販売をしていたそうです。マリアナさんのお父さん、モレノ家の三代目ということになりますが、お父さんは今でも別の会社を経営していて、その会社はコーヒーの実の選別用の機械、洗浄や乾燥用の機械、また焙煎機なども製造しています。モレノ家はコーヒー一家であったため、マリアナさんは子供のころからコーヒーを祖母に淹れてもらい(砂糖とミルクをたっぷりと入れたものが好みだったそうです)、またお父さんが製造するコーヒーの機械に囲まれて育ちました。そして2020年にコーヒービジネスの世界に、モレノ家の一員として飛び込むことになりました。
最初の仕事は、コーヒーの教室を開くことでした。首都であるメキシコシティではなく、コーヒー生産地でありお父さんの会社があるベラクスル州でスタートしました。それは、実際にコーヒーの栽培から収穫、生産処理、そして焙煎と抽出が全て一か所でできるからという理由に基いたものです。彼女はスクールで教えることで自身でもより深くコーヒーを知ることが出来て、またより多くのことを教えるために栽培から収穫、生産処理に至るまで様々なトライ&エラーからコーヒーについて幅広い知識と経験のバリエーションを持つことができました。これはモレノ家ではコーヒーの畑と生産処理施設、そしてお父さんの会社には焙煎機などの機器類が揃っていたから、成し得たことでしょう。
メキシコではまだ、スペシャルティコーヒーは新参者であり、従来の深煎りのコーヒーに砂糖とミルクをたっぷりと入れて飲むというスタイルが、特に中高年の人たちには一般的です。都市部ですら、若い人たちの中には、安くないスペシャルティコーヒーを専門店で楽しむという流行に敏感な層もいる、といった具合ですので、先進的なコーヒーの講座を受けられるスクールは国中でも多くなく、マリアナさんのスクールには遠くメキシコシティからも生徒が集まるというようになりました。
スクールが盛況なことと、マリアナさんの焙煎と抽出の理論や技術が十分に世界の先端に追いついてきているという自信から、マリアナさんはコアテペックの繁華街にカフェをオープンしました。これはまたたく間に話題になり、メキシコのスペシャルティコーヒーを牽引するカフェとして内外から注目を集めています。
そしてスクールでさまざまなテーマに取り組んだことで、マリアナさんは抽出や焙煎の手前のステップ、コーヒー豆そのものを自分自身のコーヒーとして作りたいと思うようになりました。
お父さんの会社はコーヒーの生産処理に関わる機器を製造販売しています。つまり、マリアナさんがやろうと思えば収穫したチェリーを袋詰めまでして販売することができるということです。スクールでは、そこで使うような小さな規模でコーヒーの実から生豆へと生産処理をしていましたが、自身のカフェ以外で使ってもらうためには、大きな生産処理場を設立し、大規模に処理を行わなければなりません。そこでマリアナさんは、思い切ってコーヒープロデューサーになると決意し、コーヒー生豆ビジネスの世界へ飛び込みました。
マリアナさんは若く、そして女性であるため、ビジネスは当初、大変に難しいものだったそうです。彼女は、メキシコでは専門職は男性社会だ、と言います。スクールの仕事の時も先生が女性であることは最初、信用できないとか軽んじられていると感じていたそうですが、農家やバイヤーとビジネスをすることになると一層それを感じるようになったと言っています。首都から離れた田舎であるコアテペックではマッチョで年かさであることがビジネスを有利に運ぶ大事な要素であり、マリアナさんを見て「若い女の子だ」と思われるともう上手くいかないことが多かったそうです。
しかし、マリアナさんの手掛ける生産処理施設というのは、コーヒーの生産にとって欠かせないパートです。家族経営の農家や小さな農園では処理施設を持たないため、どこかに委託するほかありません。時には足元を見られ買い叩かれたり、品質も見ずにひと山いくらで買われたりということが農家や農園の悩みの種です。しかし良い品質であれば高く買ってくれる、そして腕が良くて来年も再来年も取引をしてくれそうだ、という生産処理施設にチェリー(収穫したコーヒーの実)を持ち込むことは、それが新参者でも女性でも若くても、農家や農園にメリットがあります。
スクールを運営するため世界の先端のコーヒーに関する情報を集め、スクールでは生産処理から焙煎、抽出まで深く研究したマリアナさんの生産処理施設はコアテペックで受け入れられました。その裏側には、生産処理工程で使用する機器に細かに注文をつけるマリアナさんに、徹底的に付き合って機器を改良しているお父さんの力があると、マリアナさんは言います。
マリアナさんの施設では、ウォッシュ、ナチュラル、ハニーといくつもの処理工程を実施していますが、それらのひとつひとつの工程でも、発酵や乾燥の時間、温度などを精密に制御して、とても多くの味わいのコーヒーを生み出しています。
もちろん、機械と制御というハードの部分だけで上手くいくわけではありません。働いている人に十分に教育し、対価を支払い、やりがいのある職場になるように努めています。買い付けたチェリーの選別や工程におけるひとつひとつの作業を丁寧に行うことで、最終的なコーヒー豆の品質が上がるのです。
マリアナさんのTESTE Cafeが作り出すコーヒーは、まだスペシャルティーコーヒーの最前線を追いかけているメキシコという国で最先端のコーヒーであり、マッチョさと年齢がモノを言うコーヒービジネスで奮闘する若き女性が作り出すプロダクトであり、そしてなにより素晴らしい風味特性を持っています。
15周年のSSEが皆さんに紹介したいコーヒーは、こんなコーヒーだなあと思いまして、特別に買い付けしました。どうぞ、マリアナさんのコーヒーをお楽しみください。
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